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医療現場にヨガを導入してもらうために

みしま勝和クリニックにて



患者さまへ

体と心のバラスがとれない時
病気を抱えた体を悲観する時
食事療法や運動療法がうまくいかない時
治療が怖い時
:
ライフステージ上の様々な問題にヨガで寄り添う事ができます。
体と向き合う・・体を緩めたり、強くしたり。
心と向き合う・・自分をみつめて気付いたり、人との繋がりが生まれたり 心と体の繋がりが、より深い自分へ導いてくれます。
また、呼吸法を知ると精神的に落ち着いたり、呼吸法そのものが治療になります。


医療従事者の方へ

もっと患者さんに寄り添いたいと思ったら
患者指導に困ったら
忙しさに自分を見失ったら
職場の人間関係に悩んだら
人の命に希望を持つなら
:
医療従事者としても、人としても、ヨガを通してありたい姿を見つけられます。
学生時代の解剖生理だけでなく、ヨガで体の使い方を学べば、患者指導に生かせたり、自身の体も肉体労働から守る事ができます。
ヨガの瞑想や呼吸法で自分を眺める事で精神が整い、患者さんに接する場面や、職場での行動に変化が生まれます。瞑想を繰りかえす事で自身の使命を全うします。

患者としても医療従事者としても、 命と向き合うわたしたちに ヨガを処方しませんか?


ヨガセラピスト協会には病院で働く看護婦さんでありながらのヨガセラピストさんがたくさんいらっしゃいます。
以下、何人かご紹介いたします。

佐野靖子 看護師 ヨガセラピスト
国立東静病院付属東静看護学校 卒業 みしま勝和クリニック 透析勤務

【看護師として勤務しながら、自身の透析クリニックでヨガを伝える】

高校時代、自分とは何か?存在価値はあるか?と悩み、人に必要とされたい思いから看護師となる。看護学校で、人は体だけではなく心も健やかでなければ健康とはいえないと学び、心と体の結びつきに興味を持つ。看護師を続けながら結婚、出産するも長男の知的障害をきっかけに体調を崩す。そこで自分の心と体を瞰して眺めるヨガセラピスト協会のヨガに出会い、直感で人生に必要だとヨガセラピスト養成講座を受講。

看護師の立場からも、ヨガでもっと患者さんに寄り添える、患者さん自身が体と心を愛せるようになるとの思いが湧き上がり、医療とヨガの結びつきを意識し始める。そんな折、自身が携わる透析医療とヨガを結ぶチャンスに恵まれ実践。(協会経由で透析医療のヨガコンテンツを作る話があったこと、クリニックのスタッフに瞑想を伝え効果を実感して頂いていたことからクリニックでのヨガがスタート)

クリニックで患者さんに直接ヨガを伝え始めると、1人1人の体に違いがあり、自身でも気づかない体の癖を一緒に発見たり、またその癖に対してのアドバイスをさせて頂いたり、患者さん自身が自分の体を意識していく姿に感動。朝、ロビーでの待ち時間を利用してのヨガでは、緊張が溶けるかのように患者さんが笑顔を見せてくれるようになり、レッスンの終わりに皆で手を合わせる瞬間は、お互いが調和したようで、喜びに満ちたひと時を過ごさせて頂く。「明日もやる?」と、開催を心待ちにして下さったり、「家でもやってるよ。」と、取り入れて下さったり、今までのコミュニケーションでは無かったやり取りに、ヨガの持つエネルギーは医療と掛け算になって相乗効果を生みだすと希望を持つ。自分の10代からの悩みが、看護師とヨガセラピストとしてある「今」を繋いだのだと感じている。

高野晴美 看護婦 ヨガセラピスト

大学を卒業後、保健師、看護師の免許を取得。
看護師として、約7年間外科病棟で勤務、その後約1年間健診センターにて勤務する。三交代の不規則な生活をする中で体調を崩し、周りの方からのすすめでヨガと出会う。心身の回復を自身の身をもって体験する。

人の痛みや不快症状を和らげる方法として、西洋医学も東洋医学も学びたいと思いヨガセラピスト養成講座を受け修了する。

医療は日々進化しており、多くの方の辛さを緩和する方法が開発されている。しかし、医療だけでは満たされない、叶わない部分も多くある。そんな、生きにくさをヨガを通じて緩められるお手伝いができたらと思っている。


今病に苦しむ方へ代表:宮原暁子)

ヨガセラピストであるわたし達の中には、元々何かしらの症状や疾患に悩み苦しんできた人間が、少なくありません。
痛み、痒み、不快感、、、居てもたっても居られない苦しみの前で、自分の無力さを嘆き、世の中や人生の不平等を嘆き、信仰心が元々ある人であっても、神仏に祈りを捧げてもどうにもならないのであれば、期待や希望全て投げ捨てて、早くこの”生きる”という苦しみから解放されたいと願う。
わたし自身、心も体も元々強い方でなかったので、そんな気持ちを何度も抱えた事があります。

病気はわたし達の体の自由をどんどん奪うと共に、心の自由も奪いますね。”又立ち上がったらあの苦しみや症状が襲ってくるかもしれない、悪化するかもしれない、新たに菌に感染するかもしれない。いいや動かないでいよう。”、、怖くて怖くて、どんどん縛られていく感覚。”早く治したい”そう思うからこその焦りが、自分を縛っていく。

でも、いっそもういつ死んでも、強い苦しみから狂ってしまってもいいと一旦諦め、直ぐにこの状況を打破したい、という過度な期待は捨て、たんたんと、できる範囲で日々行けるところまで生きよう、と受け入れた時、病気、ではなく”わたし”が主語の人生が戻って来たように感じました。

わたし達は遅かれ早かれ皆どうせ死ぬ。そこに選択肢は無く、選択できるのは、”どう生きるのか”、その在り方だけだと思うのです。様々な要因の制限下にありながら、自分が納得できる”在り方”が出来れば、この人生を自分らしく全うした事になるんじゃないか、、そんな風に思いました。

わたしはね、なるべく口角を上げていよう、というのと、自分の心が作り出した世界や人生が時に苦しみ味の試練を与えてきて、例えばもがき足掻く時だって、ちょっと笑っちゃう、ボケとツッコミができる自分でありたいと思っています。周りの人の心や空気をいつでもふわっと軽くしたい。それがわたしの望む在り方です。

ヨガは、いつも、今に居ることで、ありのままの自分でいい。というメッセージを与えてくれます。自分を俯瞰する力も。焦らずにわたし達それぞれが、わたし達の最善の在り方を、チョイスできるといいですね。

読んでくださりありがとうございます。本日も引き続き良いお時間を、、!